ラインケア

☆ ☆ ラインケア ☆ ☆

 ある産業医の方のお話をご紹介します。
 その方は、「女性のがん検診」について、積極的に女性社員に勧めるためあらゆる方法を試したのだそうです。職場に出かけていってリサーチし、アンケートの実施、呼びかけ、勉強会……。一年間かけた後、検診率は3~4パーセントのアップしか効果が見込めなかったそうです。
 ところが、その職場の上司が、朝礼のときに、「女性のがん検診」について話題にし、「積極的に検診に望むことが望ましい」ということを話したとたん、受診率が信じられないほどアップしたそうです。
 男性・女性に関わらず、日本人の一般的な考えとして自分の健康のために、休んで会社には迷惑を掛けたくない…」という、特有の責任感が働くため、「頭では必要と理解」していても、職場に掛ける迷惑を考えて自分の健康よりも、会社の利益を優先してしまうという傾向があります。
 ところが、上司が朝礼で「自身のがんのリスクを低くすることが、会社に貢献することになる。がん検診を受診しなさい」呼びかけると、「会社命令」と同じですから、「上司の承認・奨励」の元で、社員が安心して検診を受けたということでしょう。
 また長時間労働や精神的な心の重さによりストレスが溜まってしまい、心理的に業務に影響が出てきたと上司が判断した場合は、すぐにでも復職支援プログラムへの参加を奨励するなどによって、うつ病の早期発見や早期治療にも役に立つでしょう。
 
自分で自分の面倒を見ることが「セルフケア」です。
職場では「ラインケア」が必要です。
「ラインケア」というのは、ライン職である上司が、新人や異動したばかりの人、メンタルや健康で注意が必要な人に対して、「働き過ぎ、仕事のフォロー、精神面についての注意を払う」事を指します。
 「産業医」の方が、1年間かけて努力してきたことよりも、管理者の10分の呼びかけでこれほどの効果の差が出ます。つまり、「ラインケア」、会社命令に相当する管理者の呼びかけいかんによっては、最大限に社員の健康に関する「意識・やる気」をひきだすことになります。

 逆に、上司がどんなに具合悪くとも、休憩も取らず休みも取らない。ましてや検診にも行かない。部下の健康状態が悪く、休みの申請にも渋い顔をする…。そういった「昔かたぎの企業戦士」だったとしましょう。
 「メンタル不全」というものは、多様化、グローバル化、IT化により、さらに複雑になった社会の仕組みの中で生まれてきました。近年になって「メンタル不全」は、無視できないほどの脅威として認識されるようになったわけです。「昔かたぎの企業戦士」には、「単なる気の緩み・単なる甘え・単なるやる気不足」そのようにしか見えません。
 ですから、このような事件も起こっているのです。
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 その部下は大変勤勉で優秀でありましたが、突然の「メンタル不全」で、人知れず不調を抱え、悩んでいました。周囲の人も「ちょっと落ち込んでるのかな」程度しか認識していませんでした。
 ある日、とうとう休みを取って病院を受診しました。病院の受診結果は、「自律神経失調症」。その結果を上司に見せると、その上司は、「しっかりしろ!」と叱咤しました。
 その直後、その部下は、自ら命を絶ち、帰らぬ人となったのです。
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  このように、リスクをはらみながら増加する一方のメンタル不全に対して、「ラインケア」のありかた、管理者の適切な対応は、どのようにあるべきでしょうか。「不用意な一言」で部下を失ってしまう危険のある「メンタル不全」について、正しい理解と対応が必要なのです。
 上司・管理者の一言が、企業においては部下の命を左右するほど、重要なものであるということを第一に理解しておく必要があります。

● 管理者の責任はどこまでか

 管理職がしなければならないことは、まずはしっかり「イキイキとした生産性の高い職場」作りに励むことです。その上で、安全配慮上心配な部下がいたら、さまざまなリスクを避けながら適切な処置を講じることが肝要です。
 「メンタル不調のサイン」に目配りし、早期発見を心がける。
 「医療や専門機関と連携すること」により、早期回復につなげる。 そうした適切なマネジメントが必要になります。
 さらに、管理者として「やらなければならないこと・やってはいけないこと」の正しい知識と、「管理者として最低限取り組むべき義務」の法令順守の範囲を明確につかみ、「メンタル不全が起こる前に」適切なマニュアル、「専門家へのライン」を整備しておくことが必要です。

● メンタルヘルスマネージャーが取り組むべきこと

★ マネジメントを重視するアプローチ
~HRM(人材マネジメント)を重視する方法~

① 人材の配置・育成・評価を見直し改善することで、イキイキとした職場環境を作り出す
② 配置・育成・評価に関するリーダーシップを強化する
③ 職場の業務の能率を向上させ、利益を生み出す
④ ミスを防止して損失を最小にする活動を思考
⑤ 専門家に任せるべきケースにおいて、「メンタル不全のサイン」を見極め、専門家につなぐ
⑥ 「早期発見」「復職支援」に努める

 つまり、職場内ストレスを積極的に減らしていく取り組みをすることで、「メンタル不全」に陥る原因のストレスそのものをなしていく。
 また、社員に対しても、「メンタル不全の症状」「セルフケア」などの正しい知識を広め、関心を持たせることで、「ストレスにうまく適応できる」社員の育成、そのための支援を行う。このような「転ばぬ先の杖」、職場内環境改善のアプローチの方法です。

 メンタルヘルスの信の問題は、氷山の水面下にあるモラールの低下にあります。
 コミュニケーションの悪化、不適切なリーダーシップの増加。コンプライアンスへの不信感です。

 「メンタル不全」の未然防止対策をする。
    ↓
 「職場内ストレスを軽減する具体的な活動・努力」を行う
       ↓
 「配置・育成・評価」に関する改善見直しをする。
       ↓
 健康で活力や熱意ある社員による、生産性の高い職場作りへ繋がる

 上司が、「メンタル不全」に対して関心を持ち、積極的に職場の環境を改善する。
 「実力を発揮できる働きやすい場」
 「正当に評価による満足感」
 「メンタル不全などの不調に陥っても積極的に復職を支援してくれる職場」
 これらを具体的に整備していくことによって、『社員がイキイキとし、生産性の高い職場』になるのです。
 管理職本来の目的である「生産性の高い職場づくり」を目指すこととなんら矛盾しません。むしろ、管理職としてまさに真剣に取り組むべき課題なのです。

● 疾病アプローチ
 管理職が「ストレスを減らす職場ない環境づくり」などのマネジメントを適切に行ったとしましょう。ですが、それでも「メンタル不全」に陥ることはあります。どうしても本人が職場に適応できず、本人のプライベートにも問題がない。具体的な解決策がない場合に、「疾病アプローチ」を行う必要があります。

▼「メンタル不調の兆候」…勤務状況・勤務態度等のサインが見られ始めた
① 生命や健康に危険をきたす可能性があり、仕事の能率が極端に落ちている場合  ○ 素人判断で決め付けるのは危険です。一刻も早く専門家によるアセスメントにつなげる必要があります。「不用意な発言」には十分に注意してください。

② 生命や健康に危険をきたすほどではないが、仕事の能率は落ちている
   職場の対応で改善可能な場合

 ○ 医師や専門医と連携し、早期治療を積極的に行うよう勧める
 ○ 管理者の対応 → 勤務時間の短縮、出勤時間の調整、一時的にストレスの少ない場所への配置転換などを行うなどの具体的対処をする(専門医の指導の下に)

② 生命や健康に危険をきたすほどではないが、仕事の能率が落ちている。プライベートに問題を抱えている。
 ○ できる範囲で具体的に支援を行う、または支援してくれるほかの機関を紹介するなどの具体的対策を取る。深刻であれば医師との相談をする。

 アメリカでは、職場のストレス改善だけでなく、さらには「雇用者の生活支援」にまで手広く支援を行う傾向にあります。「ストレスの元から絶つ」という考えが現在では一般的になってきています。育児・介護・病気療養、など、あらゆるバックアップシステムが構築されてきています。

● 疾病アプローチを進める際の発言例

 メンタル不調のサインを見つけたとき、一刻も早い医師との連携治療が必要になることは確かです。ですが、上司の不用意な一言で、痛ましい事件に発展してしまう危険をはらんでいるのが「メンタル不全」です。専門家へのつなぎに関してもデリケートになる必要があります。

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  ★ 声がけは、「環境・やり方・プライベート」の順で ★
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 メンタル不全に陥っている部下は、上司の評価に非常に敏感になっています。
 メンタル不全に陥る前、普段の部下は熱心なパフォーマーであることを認めながら、「環境・やり方・プライベート」の順に声を掛けることが重要です。
  
◆ 「やり方」について声を掛ける

 「Aさん、こんにちは。仕事どうですか?何か環境で困ったことや悩んでいることはありませんか?」
 この場合の「環境」は、「作業環境」「労働時間」「人間関係」「管理体制」「組織の文化や風土」などです。

 部下がコントロールできない「過重労働」「人間関係のストレス」が原因で「メンタル不全」が起こっている場合が多いので、その部下の「今」に適切な「勤務時間」「仕事内容」であるかどうかが、重要になってきます。
  
 現代は、ますます競争が厳しくなり、技術革新、M&A、変化する職場へのすばやい適応が求められています。物理的な環境からのストレスは、個人ではコントロールできません。
 「安全配慮が適切になされているか」「職場環境の問題はなかったか」ということを最初に聞くことが大切です。

▼ 大きな職場環境の変化があった場合、3ヶ月は要注意期間
  ~サインがなくても、定期的に気遣いをみせましょう~
 □ 長時間労働にある部下
 □ 出向、応援、海外派遣
 □ 新人社員・中途入社社員
 □ 「メンタル不全」「体調不良」等、特別な事情により、職場復帰したばかりの部下
 □ 「より難易度の高い部署」に移動した部下、「昇進」または、「降格」により「配置転換」した部下など。

 「移動」後3ヶ月は「メンタル不全に陥る危険度が高い期間」になります。「職場の環境はどうか」「勤務時間はどうか」など、「安全配慮面での職場の具体的な改善」について、部下と一緒に考え、一緒に乗り越えていく「上司の姿勢」が大切です。

 「配置転換」などにより、今までは「オペレーション部門」ではいパフォーマーだった部下が、「開発部門」に配置転換したとします。当然「開発に関する習熟度」において、0からの出発になるわけです。移動部署ではじめから期待通りの成果がでるとは限りません。
 まずは、環境への適応、適切な教育プロセス、「成果」が出るまでの準備期間に適切な支援・準備期間が必要になります。

◆ 「やり方」について声を掛ける

 「Aさん、何か仕事のやり方や、私のやらせ方で困っていることはありませんか」と声をかけます。
 つまり、仕事の方法や業務管理上の問題はなかったかを聴きます。「作業方法・作業の質と量・上司のサポート・業務付与・仕事の裁量権の幅など」についてです。

 もっとも「心に押し込めている」のが、「上司と部下の人間関係」です。
 特にも上司との人間関係が大切になります。

 □ 部下の能力と仕事のミスマッチはないか
 □ 仕事を進める上で、無理、無駄、ムラはないか
 □ できる部下、特定の部下に仕事が集中していないか
 □ スキルアップのための教育・育成はされているか
 □ 適切な評価がされているか(業績・成果のみに偏っていないか)

◆ 「プライベート」について声を掛けてみる

 「プライベートな問題」というと、親の介護・共稼ぎの中で子育て、介護・育児でくたくたになっている人は多いです。「法律・経済・家族友人関係」のストレスの可能性もあります。「健康上の問題」も悩みが深いものです。

 「環境→やり方→プライベート」という、徐々に聞き出すやり方をすることで、「上司が自分のことを気遣ってくれている」という安心感を与えるので、「プライベート」についても、話しやすいと感じるでしょう。
 逆に、いきなり「プライベート」のことを指摘されると、「口を閉ざしてしまう」ことになります。

 「環境」に関する問いかけは、職場環境を改善し、生産力のアップに繋がるでしょう。
 「やり方」に関する問いかけは、「管理者自身」の健全なリーダーシップ、職場もモラルアップに繋がります。「セクハラ」「パワハラ」などの抑止にもなります。「セクハラ・パワハラ」は深く秘されています。管理者が「困っていることはないか?」と声を掛けることで、「本人からの告白」がなくとも、「上司の気遣い」自体に効果的な「抑止力」となります。
 
 「プライベートなことだから、無理に話さなくてもいい」と話し、「健康上で困ったことはないですか。」などと声をかけます。

 借金・育児・介護・別居・近しい人との死別などの問題があったときは、「外部の専門機関に相談」するように促しましょう。(企業が契約する相談機関、事例に応じたマニュアルを作っておくと良いかもしれません)

 健康上の問題について、産業医に伝える場合は、個人情報なので、本人の同意を得ましょう。「具体的な不調があれば、先生に直接話してみましょう」などといいます。

★ 管理者のメンタルヘルスマネジメントのポイント
 
(管理職のポイント)

 □ 「心の健康に良い上司像」に自分を近づける
  ① 笑顔 ② 情 ③ 実力がある ④ リーダーシップがある
  笑顔の表情が75%を占めます。上司が笑顔で「おはよう、ごくろうさん」「君はいつもきれいに掃除してくれてるね」「君は気付かないところでみんなのサポートしてくれてるね」「新人によく声がけしているね」部下の目立たない環境改善に対する努力を認めているよという声がけができる(部下をよく観察し、事実をそのまま言うことがポイントです)。

 □ イキイキと働くための職場の環境改善目標を「わかりやすく」「実践可能な」「やりたくなる」ものにしてみる

 □ サインを見る
  ・ 勤務状況…「メンタル不全」の前兆として顕著な兆候は、勤務時間。遅刻・無断欠席が多くなってきた。逆に残業時間が以上に長くなってきた。
  ・ 良いサインも見逃さない…「貢献・強調・努力」を認める
 高い結果だけをほめるのではなく、人間関係を良くしようと陰の努力をしている社員も認める発言を多くする。
 「君のおかげで、職場がきれいで快適だね」「新人へ細かな配慮をしてくれてありがとう」「得意先から、君はとても感じが言いといわれたよ」など、職場の人間関係や職場環境を改善するために陰の努力をしている人も認める発言をすると、「この人は、『おもいやり・気遣い・人間関係を改善する努力』をしている人も認めてくれる上司」という認識が高まり、自然と「イキイキと互いを認め合い支えあう職場」という風土を作ることができるでしょう。

 □ 能力を見る
  ・ 能力を見極めるには手順を踏んで科学的に見ていく
  ア)THQストレス診断テストなどの客観的データ
  イ)仕事のパフォーマンス・職場の人間関係・その他・に関する「共通ドラフト」の作成。
  ウ)産業医・カウンセラーによる専門家の客観的データ。
  ・ ストレッチさせて育成していくことも忘れない

 □ 人間関係を見る
  ・ 真摯な話し合いが一番重要
  ・ すぐに病気と決め付けない。「適切なアプローチ」に沿って慎重に行動する。

 □ 育成を行う。部下の自尊心を向上させる
 □ 「メンタル不調」を抱える部下に注意する。

● 職場のメンタルヘルスマネジメントの基本は、「仕事の成果を上げて、かつ働く人の安全と健康を守る」ことです。

  部下の困っている原因
  ・ 法律的問題…… 借金
  ・ 家庭内の問題…… 離婚・介護・育児・失恋 等
  ・ 健康問題

 これらに対応する、人事担当者、外部の弁護士や医師、ソーシャルワーカー、社内の産業医等の専門家への橋渡しなどで、問題解決の糸口を見つけましょう。
 「聴かなければいけないこと」は、あくまでも仕事をする上で「個人の安全と健康」が確保されるために必要なことです。「無理なプライベートへの踏み込み、介入」「原因の過度な追究」とならないよう、「話したくなければ、話さなくてもいい」という言葉を必ずいれ、柔らかい態度で十分な配慮が必要になります。
 「何かあったときだけ」話しかけるのではなく、「目に見えない努力や好ましい勤務態度」など、普段からの何気ない声がけをしておくことが大切です。

● 聴く力チェック
 「傾聴」の態度が肝要 
 □ 目や表情を見ながら話を聴いている
 □ 話を聴くときはしっかりとうなずいている
 □ 話を理解できないときは、相手に「何をはなそうとしているのか」と説明を求める
 □ 話を聴いたら内容を要約し、「○○ということだよね」と時々フィードバックする
 □ 部下の言葉ではなく「心」を聴くようにしている
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 □ 話がまどろっこしいと、つい結論を早くとせかしてしまう
 □ 話を聴きながら、途中で遮り、自分の意見を話してしまう
 □ 話を聴きながら、都合の悪い話になると、話題をかえてしまう
 □ 話の途中で「忙しいので後で」といってしまうことがある
 
 自分を振り返って「心の耳」の習熟度を時々チェックしてみましょう。「部下」はあなたの普段の態度をよく観察しています。普段の「傾聴」の態度ができているかどうかによって、あなたの「信頼度」は評価されています。特にも「メンタル不全」の部下は「ちょっとした言葉」も「自殺へのスイッチ」となりかねないことを理解しておきましょう。
 それほど、日本人社会にとって「管理者の一言」の影響力は良薬にもなり、猛毒にもなる重いものなのです。